『ソクラテスの弁明 クリトン』プラトン著 久保勉訳 岩波文庫を読んで

読書をそれほどしている私ではないが、本の厚さがそれほどでなく単純に読みやすいなと思い手にしたのがこの本だった。ソクラテス。名前だけは聞いていたがその人の語りや文章にこれまで接したことはなかった。アリストテレスやこの本の著者であるプラトンがソクラテスの弟子であったことも今回初めて知った。ほとんど初めてのことばかりであった。

結論から言うと、この本に出会えたことは私の人生において一大事とも言えるものになった、と言うことだ。それほど強烈な本であった。何が強烈であったのか。それは後々プラトンが『国家』と言う本を書き上げる契機にもなった、ソクラテスの死刑を宣告されつつも自分の主張を貫く姿と、それと矛盾するかの様に国法に従順に従い弁明はするものの裁判員たちが判断した死刑と言うもの(国の法による手続き)を受け入れていく姿。個人とは何か、集団とは何か、そして集団の最大組織である国家とはなにか、を現代にも通じる文脈で語っているのが、この『ソクラテスの弁明 クリトン』なのである。

私はまだ読み終えていないが、先にあげたプラトンの『国家』も現在読み進めている。この本ではソクラテスが国家の成り立ちについて問答式で青年たちと議論をしながら内容を固める様子が描かれている。この本は読み途中であるが、ソクラテスが主義を大事にしつつも、国家と言うものを至極丁寧に吟味して考えていたことがわかる本である。

古典と呼ばれるものはとっつきにくいものだと思っていたが、現代まで読み継がれてきた力というものがあることに気付かされる。

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