49歳で考える仕事や楽しみについて

紆余曲折はあったがこの49歳になるこの歳までケアワーカーとして福祉の現場で仕事をしてきた。何を持ってこの歳までこの仕事を続けてこれたのか?私の背中を押してくれるものは何だったのか?それは「人」の存在であったように思う。人が生まれて死んでいくこと。そこには一人ひとりの壮絶な人生があって、そこには操作性もなく天から与えられたそのものがむき出しであるのだ。人に対峙するときに、もちろん私も同じ人間でありそもそも私自身も私固有の人生を生きているわけだが、その人の生き様はときに自分を映し出す鏡のような存在になったりする。

固有の時間を生きる人と人が向き合う場所が福祉の現場だとすると、そこにはいろんなテーマが転がっている。私が「人」を捉えようとするときに一番軸に持ってくるのが哲学や思想である。「なぜ人は生きるのか?」「善とは何か?」「死とは何か?」「家族とは何か?」「幻想とは何か?」「構造的に捉えるとどうなるか?」など。そんな問いが私を読書へと誘うのだ。読書というか書物には哲学者や思想家が考え抜いた選りすぐりの言葉がぎっしりと詰まっている。人と向き合うときには質量の詰まったいわゆる哲学者たちが考えに考え抜いた言葉がすごく役に立つ。その人の人生という背景に色をつけるには過去から現在に生き残ってきた言葉たちしか通用しないのだ。そんなことを思う。

49歳。孤独である。楽しみといえば本を読むことぐらい。本を読んで日記やメモをとる習慣をつけると、頭の中で思考された漠然としたイメージが、言語というツールによって形を得て思いも寄らない概念が抽出されてくるから不思議だ。なのでアウトプットが大切になってくるのだ。アウトプットして概念化されたり構造化されたら強いものでそれらは仕事の現場でも活かせるものになってくる。

今日は疲れているのでこれぐらい。近々『ヒトの目、驚異の進化 ー視覚革命が文明を生んだー』マーク・チャンギージー 石田英敬 解説 柴田裕之 訳(早川書房)の読書感想文をアウトプットする予定。がんばる。

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