『饗宴』プラトン著 久保 勉訳(岩波文庫)本編をアウトプットしてみる*ディオティマの話まで

いつもの通りマーカーで線を引いたところを書き出して行く。個人的にはディオティマとソクラテスの会話の部分が重要だと思う。最高美、美のイデアまで論究している。

  • こんなにおしゃれをしたのは、美しい人のところへは美しくなって行こうと思ったからだよ。(50)
  • エロスは(もしこう語ることが許されることでありまた冒涜することにもならないならば)すべてのうちでもっとも美しく、もっとも優れており、従ってまたもっとも福なる神である、と。
  • 人は何を讃美するにしても、これについての真実を語らなければいけない、そうしてそれが先要条件だ、それからその次に、それらの真実そのものの中からもっとも美しいものを選び出してできるだけ秩序よく按排しなければしなければならぬのだ、と。(102)
  • エロス(愛)とは、まず第一に、何かに対して、次には現に欠乏を感じているものに対して、存在するものだ、ねえ、そうだろう?(108)
  • エロスは美に対する愛で、(102)
  • 『では、人は自ら欠いていて所有せぬものを愛求するものだということにわれわれは意見が一致した訳だねえ?』(109)
  • 『するとエロスは美を欠いていてそれを持っていないことにになるねえ?』(109)
  • 『では、どうだろう?君は美を欠いていて、まるでそれを持たぬものを美しいと呼ぶわけか?』(109)
  • 『こういう次第でも、君はやっぱりエロスは美しいという意見なのかい。』(109)
  • 『いや、むしろ真理に対しては(とソクラテスはいう)、親愛なるアガトンよ、君は反対することができないのだよ。ソクラテスに反対するのは何も難しいことではないのだから。』(110)
  • ディオティマ(110)
  • それとも貴方は、知慧と無知との間には、一種の中間物が在ることに気付かないのですか(111)
  • 彼はむしろ両者の間の中位を占めているのです。(112)
  • 滅ぶべき者と滅びざる者との中間に在る者なのです。(114)
  • 偉大なる神霊(ダイモーン)なのです(114)
  • それは人間から出たことを神々へ、また神々から来たことを人間へ通訳しかつ伝達するのです。すなわち一方からは祈願と犠牲とを、他方からは命令と報償とを、それはまた両者の中間に介在してその間隙を充します。(114)
  • ところがエロスもまたその一つなのです。(115)
  • 全生涯を通じて愛智者(フィロソフォス)であると同時にまた比類なき魔術師、毒薬調合者かつソフィストなのです。(116)
  • 他方彼は知慧と無知との中間にいるのです。(116)
  • 愛智者が両者の中間にある者にほかならぬということは、そうしてエロスもやはりその一人なのです。(117)
  • 愛する者が善きものを愛する場合、その求めているものは何ですか、と、こう訊いたとしたら?(119)
  • 幸福な者が幸福なのは、善きものの所有に因るのです。(119)
  • およそある物が無から有へ推移するとき、その原因となるものは、皆つまり一種の創作活動です、ですからあらゆる芸術の範囲に属する作品は創作で、またそういうものの制作に従事する者はすべて創作家なのです。(120)
  • けれども私の説では、エロスの追求するのは半身でもなければ全体でもない、友よ、それが少なくとも同時にちょうど一種の善き者でないかぎりは。(121)
  • 要するに、愛とは善きものの永久の所有へ向けられたものということになりますね。(122)
  • それは、肉体の上でも心霊の上でも美しいものの中に生産することです。(123)
  • いったいあらゆる人間は、ソクラテスよ、肉体にも心霊にも肺種を持っている。そうして一定の年頃になると、私達の本性は生産することを欲求する。もっとも生産は醜い者の中では駄目で、ただ美しい者の中でだけできるのです。男女間の結合もつまり一種の生産であります。ところがそれは一種神的なものであります。またそれは滅ぶべき者のうちにある滅びざるものなのです、懐胎と出産とは。もっとも調和せぬ者の間ではそれは行われません。ところが醜い者はあらゆる神的なものとは調和しないが、美しい者はこれと調和する。(124)
  • それだからこそ生産欲と肺種に充ち溢れている者は美しい者に対して強烈な昂奮を感ずるのです。(124)
  • 美しい者の中に生殖し生産することです。(124)
  • ではいったいなぜ生殖を目指すのでしょうか。それは、滅ぶべき者の預かり得るかぎり、生殖が一種の永劫なるもの、不滅なるものだからです。(124)
  • 愛の目指すところが善きものの永久の所有であるとすれば。この考察から必然に出てくる結論は、愛の目的が不死ということにもあるということであります。(125)
  • 滅ぶべき者の本性は、可能なかぎり、無窮であり不死であることを願うものなのですから。ところがそれはただ生殖によってのみできるのです、生殖とは古い者の代わりに常に他の新しいものを残して行くことだからです。(126)
  • このようにして一切の滅ぶべき者は維持されて行くのです、もっともそれは神的なもののように、いつまでも徹頭徹尾同一不変でいるわけではなくて、むしろ消え去る者も老いて行く者も自分と同種の他の若者を後に残して行くことを意味する。ソクラテスよ、(と彼女はいった)こういう仕方によって滅ぶべき者は不死に与るのです。(127)
  • すなわちこういう人達は子を拵えることによって、不死や思い出や幸福やを、その信ずるところでは、『未来永劫に自分に確保しようとする。』(129)
  • 智見やその他あらゆる種類の徳。それを産出するのは一切の詩人と独創者の名に値するすべての名匠たちとであります。(129)
  • 生物の内に、または地上や天上に、またはその他の物のー内に在るものとしてでもなく、むしろ全然独立自存しつつ永久に独特無二の姿を保てる美そのものとしての彼の前に現れるでありましょう。(133)
  • 美そのものは、それがために寸毛も増さず減ぜず、また何らの変化をも受けぬ、そういう仕方で美そのものに与る。(133)
  • それはすなわち地上の個々の美しきものから出発して、かの最高美を目指して絶えずいよいよ高く昇り行くこと、ちょうど梯子の階段をのぼるようにし、一つの美しき肉体から二つのへ、二つのからあらゆる美しき肉体へ、美しき肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれらの学問から出発してついにはかの美そのものの学問に外ならぬ学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになることを意味する。(134)

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