
手帳をそのまま書き出してみる。昨年の4月8日(月)だ。
今日楽しかったこと
・〇〇さんと少し話せた
・日記書けた(万年筆 最高!!)
・母から手紙もらった
・娘からご飯の誘いを受けた
4月10日でなく4月11日の予定
・本を読む
「取り戻せない時間と、永遠には共存し合えない他者という、支配も制御もできないものがこの世の中に少なくとも二つあることを長い長い自分の人生で繰り返し確認しているだけなのだって、私は気づいたの」『歌うクジラ』村上龍著(講談社文庫)より
実子が病気で死にゆき、その後離婚をし家族はバラバラになり、ひとりになった私はうつ病を抱えながら何とか生きてきた。そんなひとりで生きる私にとって、今、自分を捕まえておく唯一の術はこの手帳のみだった。その手帳に書き綴られる文字が僕という固有性を再確認させてくれ同時に安心させてくれるのだった。娘から会いたいと連絡が来ればその嬉しさを手帳に文字で書き留めておく。遠く離れて暮らす肉親や娘のことをどんなに心配しても彼ら彼女らには固有の生活があってそれそぞれが不確定な現在を生きている。僕がコントロールできる物でない。そんなことを思ったりしながら村上龍の作品のとある一文を思い出し、それを手帳に敢えて書き出した。どんなに文明が発達しようとも支配も制御もできない存在としての他者と時間。なんとも素敵な言葉だ。人生とはその確認作業なんだ、と。
万年筆はパイロットのキャップレスのもの。カチカチとボールペンの様に出し入れができるもの。高かったが万年筆はペン先が全てだと思っているのでそこにしっかりお金をかけておけば書き心地は間違いない。その万年筆は主に日記を書く時に使っている。
職場の尊敬する上司から声をかけてもらったことが嬉しかったのだろう。そんな些細なことでも生きる上では大事な燃料になる。そんな2019年4月8日だった。