なんとか乗り越えたか49歳の壁

49歳。なんとも言えない年齢である。若いともいえず、老いているとも言えない。でも来年は50歳だ。40代と50代の差は結構大きいように感じる。老いの領域に足を確実に踏み入れる、そんな心境だ。人は確実に歳を重ねていくものだと改めて思う。仕事も以前のように転職できるわけでもない。でも今の仕事にも満足はいっていない。前に進むも後ろに進むもできず右往左往してしまう。諦めないと行けない年齢になったのか、とふとそんな言葉が脳裏をよぎる。諦めないといけない、のだ、と。そんなわけだから明るい未来なんて思い描けない。そんなわけだからどうしても暗澹たる気持ちになってしまい、ふさぎこんでしまうことが続いた最近だった。しかし、それが、なぜかフッと吹っ切れたのだ。完全にすっきりとまではいかないものの、暗い気持ちになることは減ったように思う。なぜだろう。

ひとつには、自分の娘がだんだんと大きくなってきて、いよいよちゃんとこの子にバトンを渡さないといけない、この子のために働いて支えていかないといけないと思い始めたことがある。もう一つは日記と手帳の存在だ。49歳という年齢になる前から日記を書き始め、自分の思いを文章にし残してきた。手帳もしかり。手帳には日記よりももっと雑多な気持ちの文章やメモが残っている。それらを毎日過去にさかのぼって振り返るのが習慣化していて、だいたい自身の思いの内容や傾向が振り返ることによってわかってきたこともある。今はこんな気持になっているけど、おそらく乗り越える時期は直にくるだろう、と予測が立てられるようになってきた。

先のことは考えない。未来がない、とも考えない。目の前のことから考える。そしてなにより僕は今の自分をわからないと思いつつも自分でわかろうと努力している。それは日記であれ手帳であれ。また、僕にバトンを渡してくれた親であったり先人達の存在に感謝しつつ今度は私が自分の子どもや若い人たちにバトンを渡す番だ。そう思えてきたことも49歳の壁を超えることのできた要因だった。仕事でも若いときに力任せにやっていた状態から、じっくり考えて落ち着いてやれるまでに熟練感が出てきた。全ては高次元のステージに入ったのだ。

大丈夫だ。生まれてはじめて49歳になったのだ。わからなくて当然だ。今やれる最善のことを焦らずやっていくことだ。

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