
5月21日が娘の命日である。その命日の前日にこの『パイドン』を読み終えた。これもなにかの啓示かもしれないと思ってしまった。ついにソクラテスが毒薬を服薬して死ぬのである。ここまで『パイドン』を読んで来て、都度アウトプットしてきた。死を前に死をも恐れずに弟子たちと魂について語り、イデア論を展開し、魂が不死であること不滅であることを説いてきたその姿に、僕もいつしか感情移入していまっていた。ついに毒薬を服薬してしまったその瞬間に、弟子たちは感情を抑えることができなくなり泣き出してしまう。それを平然となだめるソクラテス。毒が体に回ってきて最後にソクラテスが口にした言葉が
「クリトン、アスクレピオスに雄鶏一羽の借りがある。忘れずに、きっと返してくれるように」(176)
『パイドン』プラトン著岩田靖夫訳(岩波文庫)より
だった。アスクレピオスとは医療の神である。いろんな解釈があるとされているが、注には「ソクラテスは今や、この世の生という病から解放されて神々の国に癒やされて目覚めることを、癒やしの神アスクレピオスに感謝しているのだ」という説が有力となっている。
もうアウトプットの体をなしていないが、とにかくプラトンがパイドンの姿を借りて語らせたこのソクラテスの死期については、見事としか言いようがない。情景描写とか。何がすごいかと言うと、約2200年の時を経た現代においてもソクラテスという人を実際に「魂として」生きながらえさせているし、その哲学が脈々と伝えられているという事実である(魂は不死であることをプラトンは実証するために、もしかしたらソクラテスの対話篇を残したのかもしれないと仮定してみたり)。この『パイドン』という本は、とことんまで魂について哲学した本であるし、それをソクラテス自身が死ぬことによって魂の不死について実践している本でもあるのだ。ある意味すごくダイナミックな内容でありつつ緻密に哲学的思考がなされている。そして最後にソクラテス自身の死をもって魂との向き合い方を具現化するという終わり方がありつつ、でも魂の続きを提起しているのだ。それこそイデア論なのだ。
1回読んだだけは理解できていないのでもう1回、いや何度でも読もうと思う。