ZOOMではないけどFaceTimeをやってすっかり疲れてしまうおじさん

巷ではZOOMをはじめとするリモート学習とか飲み会とかが盛んに行われているらしい。50にもう少しでなろうかというブルーカラーのおじさんはそんなリモートなんてことをしてたら仕事にならないのでダイレクトに職場に行っている。ただ、離れて暮らす娘とはリモートで話さないといけない。リモートといっても音声だけで事足りていたのだが、娘にMacBook Airをプレゼントしたのでその使い方等を対面で教える必要が出てきたのだった。そこで登場したのが、facetimeだ。そうiPhoneにもともとインストールされているやつだ。プルルル、と、やってみた。そうしたら・・・

強烈に恥ずかしい

のだ。そもそも中学生になろうかという娘が、その昔は小さくて抱っことかよくしていたが、もう充分大人にちかい女の子がiPhoneの画面いっぱいに映されて、直接あったときには自然と間合いなんかとって適度な距離感で自然に話せるのだが、こうも画面いっぱいに人の顔が映し出されると照れくさくてしょうがない。顔をそむける距離的余裕がリモートにはない。というか掴めない。更に隅っこの方には自分のしわくちゃの顔が映し出されている。これは強烈に恐怖だった。自分の顔が。難しい。iPhoneをどこかに固定して離れるというのもどこか不自然だし、画面から顔半分隠すのも漫画みたいだし、なあ。

ということを双方感じたのか、何も言わず双方ともに画面を反転させる

という解決策を得たのだった。父はMacBook Airの画面を写し娘も自分のMacBook Airの画面を写して適宜音声で双方説明したり説明を受けたりしたのだった。そんなリモート体験を通して思ったのが、やはり僕にはこのリモート会議とか飲み会とかは無理だということだ。コロナ時代はもうこれが当たり前になっていくのだろうけど、僕のようなおじさんは死に絶えていくのだろうなあ。いいや、それでも。

それよりもAmazon Echoで小沢健二の曲をシャッフルで聞いていたらすごい曲と出会った。「ある光」という楽曲だ。最近の「彗星」とか「流動体について」は聞き知っていたけどこんな素敵な楽曲があるなんて知らなかった。すぐにダウンロードした。小沢健二、良いです。良いしか言えず悔しい。

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