もし読書という習慣がなかったら

外出自粛期間がようやく終わり徐々に日常が戻ってきている。道行く人々の数も増えてきている。子どもたちの声がどこからか聞こえてきてホッとしたりする。これが普通なんだなと思う。僕の身体は運動不足と過食で重くなり更に節々が痛かったりする。これはいかんなあ、と思いストレッチをやってみたりした。これが意外に気持ちよく筋も伸ばされて痛みが和らいだ。ふと書棚を見るとこの外出自粛期間中に読んだ本が積み重ねられているのが目に入った。目標(プラトンの本を全部読む 36冊ぐらいあるらしい)には到底及ばないものの10〜12冊ぐらいは読んで都度アウトプットまで出来た。我ながらよく頑張ったと思う。感慨にふけりながらふと思ったのだった。

僕に読書の習慣がなかったら何をしてすごしていたのだろうか?

と。テレビは見ないのでそもそもないし、ゲームも特に好きなわけでもなくほとんどやらない、じゃああと何があるのか?ということになると「なにもない」ことに気づく。ましてやお酒もタバコもやらないときているので、じーっと部屋のなかで体育座りをして一点を見つめているしかない。まあ、そこまでにはならないだろうけど近い状況にはなりうるだろう。

読書の習慣があってよかった。読書の習慣がなかったら外出自粛期間だけでなく人生においてすごく無為な時間をすごすことが増えていただろうと思う。なぜなら読書は生きていく上でのエネルギー源だから。先人達が残してくれた様々な知識が現代を生きる私にまで届く。それを現代におとしこんで生かしていく。生活の中でそれらがまた生かされる。同時に悩みも生じる。そうしたらまた本に戻ればいい。手のひらに収まる小さな物体から宇宙規模の思想が湧き出てくる。それを贅沢にも1人で享受できる。もう読書のない生活なんて考えられない。

そういえば外出自粛期間が解除されてからまだ古書店に出向いていない。また新しい出会いを求めるためにも行かないと。

もし読書という習慣がなかったら」への1件のフィードバック

  1. 読むことで道徳心や知識を高め、書くことでそれを確かなものとし、心のコントロールに繋がる。今は亡き偉大な先人の思いを引き継ぐものとして書物は最大の遺産だと思います。

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