電子書籍に慣れない

Kindleはいちおう持っている。Kindleで本を買ったりもした。でもなぜか馴染めないのだ。もちろん文字を追うことは電子書籍も紙の本も同じようなものだ。それにKindleだと何冊も何十冊も一つの端末で持ち運ぶことができる。家の書棚をそのまま持ち運ぶようなものだ。便利なのだ。便利だしもっと使えばよいのに、結局使っていない。ダウンロードした新刊書籍も途中で読むのを止めてしまっている。どうも僕は電子書籍には向いていない性格のようだ。性格?なのだろうか?

というわけなのでAmazonやヤフーオークションで本を買う時は紙の本を買うのが常だ。Kindleは何年もバッテリー切れのまま書棚に眠っている。僕が本を読む時に常備しているのが蛍光マーカーである。それを手にして本を読みながら気に入った文言や文章をマーカーで線を引いて後で読み返すようにしている。もちろんKindleにもマーカー機能はある。あるのだが、やはりそこは電子的で微妙なタイムラグが発生するのだ。線を引く感覚が「スッと」素直に引けない感じがするのだ。「おっ!!」と思ったところをいのままに線を引けないのは小さいことでもすごくストレスになるのだ。あとはKindleには奥行きを感じられない。うすっぺらい感じがする。例えば今読んでいるプラトンの本であればプラトンが描くソクラテスの存在感だったり、言葉の躍動感だったりがずしりと本の重さと物理的奥行き感とに比例して重厚に伝わってくるのだ。そうプラトンのそのままが本から伝わってくるとでも言おうか。

今もこうしてブログを書いているが、机の奥にはプラトン全集が並んでいる。日焼けした背表紙が時代を感じさせるし、その一冊一冊の佇まいがもうプラトンの佇まいでありソクラテスの佇まいなのである。そう、そこに彼らが今もいるような錯覚に陥るのだ。このような佇まいというのはKindleにはさすがに無理だろう。というわけで僕は自然とKindleから遠ざかり、紙の本ばかりを所有するようになったのだった。

3次元の立体感(本を手にするその奥行のある触感、感覚)があって、そして本の中で描かれるもの(紙に書かれた文章)を3次元的に再現するのだ。それが紙の本のすごさなのだと思う。

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