街中をみるにつれ覚悟が深まっていく

ソーシャルディスタンス。もうすっかり生活に定着してしまった感がある。そして各所にシールド用のビニールのカーテンやプラスチック板がしっかり設置してあるのをみると、社会はこの新型コロナウィルスを簡単になくなるものだとは思っておらず長期戦を覚悟したのだなあと思う。

いろんな情報が飛び交う中でワクチン開発が進んでいるとかそうでないとかで一喜一憂したりする。Twitterとかでたくさんの情報が入ってくる。なんとなく「早く収束するのでは」と思わされたりする。でも一番確実に状況を知れるのは私たちが生活する場所や空間だ。映画館やスーパーが設備を本格的に新型コロナウィルス用に変えているのをみると、これ本気なんだということがわかるし簡単に収束するとは考えていないことが伝わってくる。

本当に新しい生活様式とやらをやらないといけなくなったのだなあ、それも長期的に、と何やら複雑な気持ちになる。経済活動における社会変容は見事にスピーディーだ。もう後に戻ることは出来ない。社会が変容していくにつれ私たちも変わらざるを得ない。まだしばらくの間は模索が続くだろうが、かならず折り合いがつくだろうと思っている。

2400年前のギリシャ時代にも当然疫病は流行ってたくさんの人が死んだはずだ。でもそんな状況の中でも人々は生き延び現代までつづく哲学を残してくれた。そこになにか人類の知恵のようなものがあるはずだと思っている。なので僕は引き続きプラトンを読んでいくつもりだ。

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