最後の最後に頼れるのは自分自身

人生において失敗することはたくさんある。それは小さいものから大きなものまで程度は様々だ。その失敗した一つ一つは小さくあっても大きくあっても「しまった」と思うだろうし「あーあ」と落胆もするだろう。そんなとき、もちろん誰かに相談したり助けを求めたりしてより早く解決につながることもあるにはあるが、基本それら出来事は一人で抱え込まざるを得ない。マグマが出来たてで地表に出てきてすぐに空気に触れ少しずつ冷めていく。でもまだ中には真っ赤な熱い熱源を抱えたままの状態に似ている。失敗したては「まずい!!」と落ち込んですぐに諦めへと移行していくのだけどそんなに事はすぐに解決するわけもなくしばらく胸の中に抱え込まざるを得ない。

その時に一番つきつけられる存在が自分自身なのである。逃げようにも逃げられない、ずっとくっついて回る影法師のように。自暴自棄になるのも自分。逃げずに対峙するのも自分。さあどうする。逃げたくなるのが自然だし、無かったことにしたいのが実に人間的なものだとおもう。でも逃げてばかりもいられないので、結局は向き合うことになるのだが、その向き合い方、方法がポイントになる。「あー!!大変だ!!」と叫んで終わりにするのか、それとも「〇〇がこうなってああなった結果大変になった」と文字にするのか。感情とか観念とか、感想、感動なんていうものは所詮自分ではなかなか捕まえることができないものだ。なので大変な状況の時にこそ、また感情的になっている時にこそ、人類史における最高の発明品、文字に変換することが大事なのだ。ノートや手帳にきれいでなくて良い、書き殴るようにでも良い、とにかく書くことだ。

そうすることで自分を捕まえることができる。自分を捕まえて自分と自分を対峙させる。「お前(僕のこと)、結局どうしたいの?」「うーん。俺は、〇〇したい」と対話が始まればしめたもの。この段階でほとんどは解決していると言える。どんな方法であれ自分を捕まえること。捕まえた自分が逃げ出さないようにしっかり捕まえておくこと。その方法としては紙に文字で書いて捕まえる方法が手軽でやりやすい。考えるのも行動するのも他人ではなく自分。だからこそ最後の最後に頼らないといけないのは自分なのだ。

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