10月10日が迫っているが、読書会に参加したいという人が一人も現れない。

「プラトン読書会」それが僕の作ったサークルの名前だ。世界中探せばたくさん出てきそうなありきたりな名前だが、もうちょっと細かく名付けるとすると「プラトンとの読書会」と言いたいぐらいなのだ。プラトンの哲学を学ぶのではなく、プラトンの対話篇(ソクラテス→←対話相手)を読むことによってそこは途端に哲学をする場になるのだ。そんな思いが僕の読書会にはある。プラトンの哲学を単に学ぼうとしてもそこにプラトンの哲学はない。ソクラテスと対話者によって知を求め深く探求がなされそこに科学融合的に哲学が醸成されていく。そうプラトンは最初から自分がこうだああだと言っているのではなく、ソクラテスと対話者によって議論がやりとりされるその様をみせつつ、読者をそこに引き込んでいく。紀元前から連綿と続く知への探求がそこにはあるわけで、それはプラトンとの哲学になるのだ。プラトン「の」哲学ではないのだ。プラトンとソクラテスと一緒に考えていく。そういう場がプラトンの対話篇には出現する。

うーん。それにしてもたった一人で読書会というわけにもいかないからなあ。読書会も出会いといえば出会いだろうから無理くりに引っ張ってくるものではないし、やはりこれまでと同じようにチラシを配って「参加したい」という人を粘り強く待つしかない。やはりもう少しチラシをおいてもらえそうな場所を探そう。そしてそれでも無理なら駅前の広場でチラシを通行人に渡してみようかなあ。まあとにかくいろいろと方法はあるはずだ。

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