事が起こってから心配する癖をつけようーうつ病をひどくしないための方法ー

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冬休暇4日目が終わろうとしている。服薬変更ですっかり転職熱は下がったものの、今度は別の課題が出てきた。それは活動意欲の低下である。気分高揚系の薬から心安定系の薬になったのは以前に書いた。心が安定するのは良いのだが、家から出るという意欲がめっきり減ってしまって半ば引きこもり状態に陥っている。今日も起きだしたのは午前9時ごろで起き出しにいつものコーヒーは飲んだものの朝食も作る気が起こらずに、お菓子を食べて済ませてしまった。洗い物も昨日のものがシンクにそのまんまだったりした。当然出かける意欲がないのだから食事なんて作る気にもならず昼はコーヒーだけで済ませてしまった。結局午後は本を読みながらだらだらと過ごしてしまい、さすがにこれはいけないと思い「夕食は作ろう!!」と自身ををふるいたたせ、もやしと豚肉とを炒めてそこに焼きそばを入れ炒めた簡単なものを作った。夕方、少しお腹も満たされ、食べたあとの食器洗いも済ませ、その勢いで浴槽も洗ってお湯をはり、洗濯物を取り込んでたたみ、歯磨きをして、今こうしてブログを書いている。

なんだか無為な一日を送ってしまったなあ、と油断にも思ってしまいそこからちょっと仕事のことを考え始めてしまった。まだあと2日休みがあるのに、休み明けの仕事を思い出してしまい憂鬱になってしまった。僕が夕方病と呼んでいるものだ。夕方になると途端に憂鬱になって次の日のことや先のことを考えて憂鬱になってしまうのだ。今悩んでも未来のことはどうなるかはわからない。悩んだからって未来が良くなるわけでもない。悩む前に今をしっかり生きればいいだけだ。そう自分に言い聞かせる。また、どこかで聞きかじった知識によると心配したことのその殆どは実際には起こらないという統計があるそうな。だから今心配していることは実際には殆ど起こらないのだ。そう、そして事が起こってから心配すれば良いのだ。

うつ病になった自分。現在もうつ病の薬を飲んでいる自分。薬なしではまだ生活がままならない自分。それでも仕事をしていかないといけない自分。そんなこんなでそれらをひっくるめて生活していかないといけない自分。今思うのは、頼りにすべきは自分自身であり、他人ではないということ。もちろん一人よりも友達がたくさんいて支えてもらえればそれにこしたことはない。でも、それに頼り切ってしまうと結局自分ではなく他力本願になってしまうということだ。最終的には自分が自分を支えないと自分で立つことはできない。最近、服薬変更による影響とかを無視できなくなって、それでも自分で立つことをしないといけない状況を生きていて、ことさら自分という存在を大事にしないといけないと思った次第。薬を飲んでも飲まなくても、その状況を生きて責任をとっていくのは自分でしか無い。

今回服薬前の気分高揚期に転職活動を必死こいてしていて、それをセーブしたのも自分という信頼できる自己がどこかにあったからだ。その信頼できる自己というのはどうしたらできるかというと、それこそまさに自分と対話することでしか無い。僕の場合は日記や手帳で自己と対話をした(日記についてのブログ記事はこちらから)。それがなかったら今頃僕は気分高揚状態の勢いのまま転職をしていただろう。たらればの話は禁忌だろうが、でも感覚だけで動いていたら、あの当時の僕だったら間違いなく転職していた。そしてまたその転職は過酷だから早晩だめになっていただろう。こうしてブログを書くこともままならなかったと思う。

今僕は僕に言う。「大丈夫。事が起こってから心配すればいい。今は休みを満喫しよう」と。なぜならこれまでも意識しないまでも日々のやりくりをしてきたのだから。そう、なんとかなってきたのだ。そして本当にしんどければまた自分と対話すればい。自分は自分を裏切らないから。

今日は村上龍の『歌うクジラ(上・下)』(講談社文庫)を読了した。そしてこうやってブログもアップできた。結構ちゃんとした一日だったじゃないか。

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