日記書きの習慣、良いよ。

Photo by Ann Nekr on Pexels.com

お湯をはった湯船に30分ぐらいつかってしっかり体を温める。上がってから1時間半ぐらい体をゆっくり冷やしてから寝る。その体を冷やす1時間半の間が日記書きの時間だ。これはルーティーンになっている。日記書きと合わせて手帳にあれこれ書くエクスプレッシングライティングもやっている。日記も手帳もほぼ日刊イトイ新聞から出ている「5年日記帳」と「ほぼ日手帳」である。紙質も良いし、付属の三菱鉛筆のジェットストリームというボールペンがとても相性が良くスラスラ文字が書ける。日記を書くのにこの決まった時間に書くということと、スラスラ書ける気持ち良さの2つが大事。2つ目の書き心地は結構重要なポイント。書き心地が良いと自然と書きたくなるのだ。前置きが長くなったが、日記や手帳に色んな思いを文字にして書き出すことはどういうことかというと、自分との対話、なのである。文字によって表れ出た自分という存在。「ようこそ自分!!」といった感じだろうか。普段は自分という入れ物(容器)の中深くに存在する自分が、日記書きで表れ出てくる。「おお、そんなことを考えていたのね、自分」となったときに、意外や意外、自分が考えていることがすごく客観視できるのだ。客観視したならどういうことが次に起こるかと言うと、冷静に分析する自分が表れ出てくるのだ。「なるほど、そうやって考えているなら、次はこうすべきだね」とか「ああ、そうか。今はそういう状態ね。ならば大丈夫。乗り越えられる」とか、分析して答えを引き出せたりする。ちなみにそうやって引き出される答えもいちいち細かく文章にして書いていくのだ。とにかく書く。なんでも書く。2020年、去年だが、うつ病でもがき苦しんでいた自分を救ってくれたのも日記書き、手帳書きだった。躁鬱的な波打つ文字を前に僕はやっとの思いで冷静な判断をひねり出していた。ひねり出せたのも文字に書く習慣があったからだった。今思うと文字に書く習慣(日記書き)がなかったら、自分を制御できなくて今頃は人生ハードモードになっていたこと間違いなし、だ。不思議だが自分の書いた文字に救われた。そんなすごいことが日記書きでは簡単に起こる。日記書きの習慣、良いよ。

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